以前、こちらの記事(あがり症で最悪の事態に!【ぼくの場合】)でお話ししたように、
ぼくは、あがり症が原因で、
会社を辞めることになりました。


今回は、会社を辞めた後、
ぼくがどうなったかについて、
お話ししたいと思います。


あの頃のぼくは、
どうしようもなく、最悪な状態だったので、
正直なところ、あまり思い出したくないのですが、


こんな状態だったぼくでも、
あがり症を克服して立ち直ることができたんだと言うことを、
あがり症のあなたに、
是非とも、わかっていただきたいと思うので、
しばらく、おつきあいください。





会社を辞めてみて


会社を辞めると、ぼくの心は、
気分的にいくらか楽になりました。

もう、会社に行かなくて済むんだ。
一日中、誰とも、会わなくて済むんだ。

そう思えただけで、心の重荷の一つから
自分が解放されたような気分でした。



しかし、会社を辞めたからと言って、
今抱えている問題について、
根本的な解決にはなっていないことは
自分でもよくわかっていました。

「このままじゃいけない。何とかしなくちゃ!」
「でも、もし、このまま社会復帰できなかったら、どうしよう。」

そういった思いが、いつも、頭の中をよぎっていました。


そうなると、今度は、
不安と焦りという新たな重荷が
ぼくの心の中を支配するようになってきたんです。



しかし、その頃のぼくには、
何から手を付けたらいいのか、
全くわかりませんでした。


ぼくは、袋小路に迷い込んだネズミのように、
アパートの部屋の中で、
ふとんにくるまれて、うずくまっているだけでした。




そんなとき、ぼくは、いつも、
京子と、電話で最後に話したときのことを
思い出していました。



京子との最後の電話



京子には、会社へ退職届を出した次の日に、
メールで、会社を辞めたことと、
しばらく、独りにしておいてほしいことを伝えました。


すると、すぐさま、京子から電話が来ました。

ぼくは、スマホの画面を見ながら、
京子からの電話に出ようかどうしょうか、
しばらくの間、迷いました。


正直なところ、そのときは、
あまり話す気分ではなかったからです。



でも、思い切って、電話に出ました。

すると、京子の
すずやかで優しい声が聞こえました。


京子:「大丈夫?」

ぼく:「あぁ、まあ、何とか・・・」

京子:「一度、会えない?」

ぼく:「・・・・」

京子:「心配だから、どうしても、あなたの顔が見たいの」

ぼく:「・・・・」

京子:「ねぇ、ダメ?」


ぼくの心の中では、
京子に会いたいという気持ちと、
こんな無様な姿を彼女に見せたくない気持ちとが、
せめぎ合っていました。



そのとき、なぜか、ふと、
あのときの光景が、
ぼくの頭の中に、鮮明に浮かんだんです。

小学時代、夕暮れ時、地元のアーケード街の外れ、

泥だらけのTシャツとパンツ姿のままで、

あの頃大好きだったひろみちゃんと出くわしたときのことを・・・


自分の顔が、みるみる真っ赤に熱くなるのを感じます。

そのときの記事がこちら(あがり症になった原因【ぼくの場合】)


スマホを手にしながら、
あのときの気持ちを思い出してしまったんです。




ぼくは、とっさに、スマホに向かって、
次の言葉を矢継ぎばやに話していました。

「悪い。 今は、よすよ。」

「当分の間、ソッとしておいてほしい・・・。頼む。」

「今は、誰とも話したくないし、誰とも会いたくないんだ。ごめん。」


京子は、しばらく、黙ったままでしたが、
ぼつりと言いました。

「わかった・・・」



京子は、さらに、

「からだを大事にしてね。」

「何かあったら、いつでも、連絡ちょうだい。待っているから・・・」

と言って、電話を切りました。



ぼくは、しばらくの間、
スマホを手にしたまま、立ちつくしていました。



それ以来、京子からは、
何一つ連絡が来なくなりました。


絶望の日々



不安と焦りの日々を毎日送っていると、
人間って、
「通じ合える」と身近に感じていた人でさえも、
信じられなくなるものですね。


京子からの連絡が、まったく来なくなると、
自分から拒絶したことも忘れて、
連絡もくれない彼女を、
恨めしくさえ思うようになっていったんです。

「なんで、メールくらい、寄越さないんだよぉ」
「オレのこと、少しは気にかけてくれても、いいのに!」

ぼくは、京子のことを思いながら、
独り、毒づいていました。

でも、そうは言っても、自分からは、
京子に連絡する気にはなれませんでした。




そして、日がたつにつれ、
ぼくは、こう思い始めていました。

「ついに、オレは、京子にも、見捨てられたんだ!」




ぼくの心の中では、不安と焦りに加えて、
まるで、水槽に黒インクを垂らしたように、
絶望感がゆっくりと広がり始めていました。


絶望感


精神科に行けない


そんな最悪の状態だったので、ほくは、
「医者に行った方がいいんじゃないか」とも思いました。

でも、ぼくの中では、
精神科に行くことに対して、すごい抵抗感があったんです。


実は、大学時代、ぼくは、
一度だけ、精神科を受診したことがありました。


当時、
あがり症が原因だったのかどうか、定かではありませんでしたが、
自分の存在がとても希薄に感じるようになり、
強い強迫観念にとらわれる時期があったんです。


そのとき、精神科の門をくぐる際、
「誰かに見られているんじゃないか」とか思ったり、
診察後、医者から大学や両親のもとに、
「自分に内緒で何か知らせが行くんじゃないか」と思ったりして、
すごい恐怖に感じたことがありました。

それが原因で、精神科への受診は、
その1回きりで、止めました。


それ以来、ぼくは、精神関係の医者には、
関わりたくなかったんです。


なので、そんな状態にあっても、
ぼくの足は、精神科へ向くことはありませんでした。


自分の力で何とかする



医者の助けも借りられない、
こうした八方ふさがりな状態の中、
ぼくの心には、次のような思いが芽生えてきました。


「やはり、自分の力で何とかしなければ、
今の泥沼の状況から抜け出すことはできない!」



ぼくは、ふとんから抜け出し、パソコンを立ち上げ、
解決のヒントを探りました。


とりあえず、何かいい本はないかと思い、
アマゾンにアクセスしてみました。

アマゾンには、
「あがり症」や「赤面症」などに関する本がいくつかありました。

そこで、ぼくは、それらの本を
片っ端から買い込んで、むさぼるように読んだんです。


しかし、残念ながら、どの本を読んでも、
ぼくの心に、ピンとくるものはありませんでした。


実際、それらの本を読んでいると、
書かれている内容に、
どこか他人事のような空々しさを覚え、
どこまでも、上滑りしているような感覚にとらわれました。


「どれも、これも、今の自分の助けにならない」

そう、感じたんです。


でも、今になって考えてみると、
あの頃のぼくは、まだ、
「自分の力で何とかしないといけない」
との思いがあったものの、
心のどこかに、それを拒絶する部分が
残っていたのかもしれません。

そのため、例え、本の中に有益な情報が書かれていたとしても、
それを受け入れるだけの準備が、ぼくのこころの中で、
まだ、できていなかったんです。


だけど、あの頃のぼくには、
そんなことに思いも及びませんでした。

もうこれ以上、読んでも無駄だと思い、
本を読むのを止めました。


「自分でも、どうすることもできない!」
「どうしていいのか、さっぱり、わからない!」

そんな思いが心の中を支配し、
自分の周りに、見えない高い壁が張り巡らされ、
そこから、永遠に抜け出ることができないような感じがしました。




そんなとき、ぼくのスマホに、京子からメールが来たんです。



“お元気ですか?”という、そのメールの件名を見たとき、
ちょっと嫌な予感がしました。

『別れのメールかもしれない!』
『こんな状態のオレに、きっと嫌気がさしたんだ。』

そんな風に考えていると、なかなか、
メールを開く気にはなりません。

『でも、それも仕方ないかもしれない。』
『今が別れ時なのかも・・・』

そう思い直し、メールを開けてみると、
次のような文章が書かれていました。



◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

真一君、お元気ですか?

今のあなたに何をしてあげればよいか、
途方に暮れていたので、
連絡できずにいて、
ごめんなさい。

あなたのことが心配で、
あなたに役に立つような情報はないか、
ネットでいろいろ探してみました。

そうしたら、
こんな情報を見つけました。

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


そこには、リンクが張られていたんです。

ぼくは、導かれるままに、
そのリンクをクリックしました。


開いた、そのページには、

「これって、まさに、オレのことじゃないの?」

と思えるようなことが書かれていたんです。



そのページこそが、
ぼくと、「西村順式あがり症克服」との出会いでした。

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