こんにちは、管理人の真一です。


ぼくは、高校まで、
地方のある小都市で過ごしました。


親の話によると、幼稚園の頃までは、人見知りもなく、
活発で、誰とでも友達になっていたようです。


幼稚園の頃

覚えているのは、幼稚園で、年に1回、
劇の発表会があったことです。

どの役をするかは、子どもたちの希望をきいてくれて、
先生が「王子さま役をやりたい人、手を挙げて!」
と言ったときには、

「ハイ。ハイ。ハイ。」

と言って、ぼくは、真っ先に手を挙げていました。


とにかく、幼稚園の頃は、目立ちたがり屋だったんです。


そして、思い出しました。


確か、そのときは、
ひろみちゃんという、ぼくが好きだった女の子が
お姫さま役に決まっていて、
その子の相手役に選ばれたいと思って、
はりきっていたのでした。

目立ったかいあって、
見事、王子さま役を勝ち取りました。

劇の練習は、ひろみちゃんが見ていると思って、
めちゃくちゃはりきりました。

もちろん、セリフもカンペキでした。
親の話では、
寝言で、「姫! 今、助けに行きます!」
と叫んでいたそうです。


しかし・・・


劇の当日、風邪で高熱を出してしまったんです。


「幼稚園へ行く~」と泣き叫んでみたものの、
フラフラで起きることができず、
ふとんの中で泣き続けました


劇は、代わりの子が王子さま役をやり、
何とかなったそうです。


ぼくの人生は、その頃から、
少しずつ狂いはじめていたのかもしれません。


小学校の頃

小学校にあがっても、
目立ちたがり屋の性格は変わらず、
授業中も友達とふざけたりして、
いつも、先生に怒られていました。

しかし、人を笑わせたりするのが、得意だったので、
クラスでは結構、人気者だったと思います。

ひろみちゃんも同じ小学校に通っていたのですが、
同じクラスにはなれずじまいで、
話す機会もほとんどなく、遠くから眺めているだけでした。

その頃の彼女は、かわいさも増し、
同学年の男子のあこがれの的でした。

今、思い起こすと、
小学校の3,4年生の頃が、一番楽しかったようにも思います。
何事にもしばられず、自由に、毎日を送っていました。


そして、5年生のとき、
そんな楽しい毎日が一変する、
ほくにとっては、忘れられない、
あの、いまわしい事件が起きたんです。


あがり症のきっかけとなった忌まわしい出来事

5年生の夏休み明けでした。


学校からの帰り道、ひとりで歩いていると、
後ろから走ってきた、数人に取り囲まれ、はがいじめにされました。

6年生のいじめっ子軍団です。

その軍団は、ケンタを中心とする7名のグループで、
学校内でも恐れられた存在でした。

ケンタは、身長も高く、
一見すると、高校生に間違いそうな体格をしていました。
親も、確か、「や」で始まる職業だったと思います。

はがいじめにされたまま、
近くの空き地に連れて行かれました。

「最近、目立って、生意気だ!」
「調子こいてんじゃ、ねぇーぞ!!」

ケンタが、いきなり、ボディを食らわしてきたんです。

はきそうになり、目頭があつくなりました。

そのあとは、他の奴らがよってたかって、殴る、蹴る。
ボコボコにされ、その場に突っ伏しました。

「おい。みんなで、コイツの服を脱がせろ!」

ケンタの言葉が、遠くの方で聞こえました。

ぼくは、奴らによって、
Tシャツ,ズボンを脱がされ、
パンツ一丁にされてしまいました。

「コイツの服、どうする?」
「そうだなぁ・・・」
「そうだ! そこのドブ川に捨てちゃえ!」
「そりゃ、いいや。」


ぼーっとする頭で、遠くの方から聞こえてきた言葉です。

奴らが去った後も、地面に突っ伏したまま、
しばらく痛さで動けませんでした。

目を開けると、
顔の前をコオロギが横切っていきました。

何分ほど、そうしていたのか分かりません。

痛みをこらえながら、立ち上がり、
胸や腹についた土を払いました。

口の中が妙ににがいので、
舌でさわると、内側がザックリ切れています。
痛さと、悔しさで、涙が流れました。

幸い、ランドセルと、くつは無事でした。

パンツ一丁のまま、くつを履き、
空き地の横を流れるドブ川の方に歩いて行きました。


ドブ川は川幅が5メートルほどで、
水は黒々としていて底が見えません。

川下の20メートルほど先に、青色のものが見えました。

Tシャツです。

川に捨てられていた自転車に引っかかっていました。

しかし、ズボンが見あたりません。

ドブ川に腰まで入って、何とか、Tシャツを拾い上げました。
川からあがると、パンツも足も泥まみれです。

川下に向かってしばらく探してみましたが、
ズボンは見つかりませんでした。

仕方ないので、濡れたTシャツを着て、
すそを思いっきり引っ張り、
なるだけパンツが見えないようにしました。

Tシャツの泥臭いにおいで、胸がムカムカします。

殴られた腕や、蹴られた足がズキズキしたので、
早く手当てしなければと思い、
ランドセルを拾い上げて、とぼとぼ歩き出しました。

「こんな姿、誰にも見られたくない。」

そんな思いが、強くありましたが、
一つ問題がありました。

家に帰るには、アーケード街を通らなければならないことです。

下校の時刻はとっくに過ぎ、夕食に近い時刻になっていました。
アーケード街は、案の定、
たくさんの買い物客でにぎわっています。

ぼくは、泥だらけのTシャツとパンツ姿のまま、
アーケード街のできるだけ隅を歩いて行きました。

しかし、すれ違う人、すれ違う人、好奇な目でぼくを見ています。
中には、「僕、どうしたの?」と心配げに訊ねてくる、
お節介なおばさんもいました。

そんなとき、遠くの方で、

「ママ! あの、お兄ちゃん、ズボンはいてないよ!」

と言う子どもの声も聞こえました。

ぼくは、みるみるうちに、頭に血がのぼり、心臓がバクバクして、
早くここを切り抜けたいと思いました。

顔が真っ赤になっているのが、自分でもわかります。
けど、蹴られた足の痛みで早く歩けません。

ぼくは、下を向いたまま、
なるだけ目立たないように、歩き続けました。




ようやく、アーケード街の外れにさしかかったとき、

「真一君?!」

突然、誰かに呼び止められました。

声をする方を見ると、そこに、
ひろみちゃんが立っていました。

下を向いて歩いていたので、
全然、気付かなかったのです。

塾に行くところのようでした。

「どうしたの? だいじょうぶ?」

心配そうな、優しい声がします。

ぼくは、こんなぶざまでひどい姿を、
大好きな子に見られてしまったことで、
恥ずかしさ、やりきれなさ、悔しさが混ざり合い、

全身が熱くなって顔全体が真っ赤になり、
胸もバクバクして締め付けられるようで、
その場に、いたたまれなくなりました。


「こっちを見んなよ! 放っておいてくてくれ!」

思わず、そんな言葉が口から出ました。

彼女の目に、自分がどんな風に映っているかと思うと、
怖くて、彼女の顔をまともに見られません。

頭の中が真っ白になり、
そのあと、彼女がどうしたのか、自分がどうやって家に帰ったか
思い出せません。


その日を境にして、ぼくの性格や体質はがらりと変わりました。

人の目を気にするようになり、何かに縛られているようで、
以前のように積極的な行動がとれず、
目立つことに恐怖を覚えるようになりました。

そして、緊張すると、頭に血がのぼり、
顔面が真っ赤になり、そのため、
「アカ夫」とあだ名されました。

今考えると、あれが、ぼくにとっての、
あがり症の始まりだったんですね。



あがり症を克服した今だから言えること

発症年齢の統計を見ると、ぼくのように、
10代の頃、特に、11歳から15歳のときに、
あがり症を発症する人か一番多いようです。


思春期を迎え、自我にも目覚める時期であり、
特に、人との関係において、いろいろと悩みを感じる時期だからです。


ぼくのようなケースはまれでしょうが、
授業中に、みんなの前で、
教科書を読んだり、英語の発音をしたり、歌を歌ったりしたときに、
詰まったり、変な発音をしたり、音程が狂ったりして、
みんなに笑われて、

それが原因で、
あがり症になってしまったという人も
多いんじゃないでしょうか。

いじめ

しかし、このように、10代のときに、ネガティブな体験をして、
あがり症を発症すると、

その後も、少しずつ緊張や恐怖を感じる機会も増え、
それを自分でも過度に意識するようになり、
どんどん悪くなっていくことになります。



ぼくも、今でこそ、あがり症を克服できたといえますが、
小学5年の頃から、大人になってからのある時期まで、
ずーっと、あがり症に苦しんできました。



なので、10代で発症した人は、できるだけ早い時期に、
あがり症に対処する方法を身に付け、あがり症を克服して、
その後の人生を明るく楽しいものにして欲しいものです。


ただ、そうはいっても、ぼくもそうでしたが、
10代の頃に、自分でそのような対処法を見つけるのは、
なかなか難しいですよね。


逆に、あがり症であることを、友達はもちろん、親などにも言えず、
独りで悶々として、できるだけ、あがり症であることを隠そうとして、
少しずつ悪化させてしまうんです。



なので、周りの大人が、そのことに気付いてあげて、
少しでも早い時期に、
あがり症に対処する方法を教えてあげることができれば、
理想なんですが・・・。



でも、大人でも、あがり症の人は大勢いるので、
ほとんどの人が、あがり症にどのように対処したらいいのか
知らないのではないでしょうか。



ちなみに、ぼくの場合は、このDVD
あがり症を治すきっかけを与えてくれました。



ぼくのように、子供の頃に、どんなひどいトラウマがあっても、
あがり症を真剣に克服しようとする気持ちさえあれば、
必ず克服することができます。





あなたが、あがり症を一日でも早く、
克服できることを願ってやみません。